●「もののけ姫」ニュースクリップ:2
news clip of "The Princess Mononoke"

1997年5月〜6月上旬
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1997年6月9日 日本経済新聞

宣伝費に20億円超 「トトロ」目標200万本

 徳間書店と米ウォルト・ディスニーの提携プロジェクトが動き始める。ディズニーによる世界配給第一弾となるアニメ「もののけ姫」は日本での七月公開に向け二十億円以上の宣伝費を投じ、邦画史上最高の六十億円の配給収入を目指す。「となりのトトロ」など旧作ビデオも今月下旬から、ディズニー映像部門の日本法人が一作品当たり百万本以上の販売を狙う。多チャンネル化時代の到来で映像ソフトの資産価値を高める日米メディア提携の成否に注目が集まっている。

 「もののけ姫」の制作費は約二十三億円。徳間、徳間と合併前のスタジオジブリ、日本テレビ、電通の四社が制作出資した。七月に東宝津画系で劇場公開する。映画の宣伝にあたっては日本生命保険が唯一の特別協賛企業としで、テレビCM や生保レディーなどを通じて告知活動を支援する。制作費、宣伝費を合わせた約五十億円の総投資額は「日本のアニメ作品としては最高額(徳間康快社長)。邦画では「南極物語」(八三年)の配給収入五十八億円が最高記録で、これを上回る観客動員を目指す。ディズニーは今夏以降、米国、ブラジル、フランス、ドイツ、イタリアを中心に世界配給する予定。

 さらにディズニー映像部門の日本法人ブエナビスタ・ホーム・エンタテイメント(BVHE、東京)がビデオ化するジブリ作品の第一弾「となりのトトロ」ば二十七日に4500円で発売する。販売目標は二百万本。同社が「アラジン」で打ち立てた日本最高記録の二百二十万本に迫る。七月に「耳をすませは」、九月に「風の谷のナウシカ」、年内メドの「魔女の宅急便」など相次き発売する"宮崎アニメ" で各百万本以上を狙う。徳問はディズニーが日本や海外で興行する映画やビデオの売り上げからロイヤルティー収入を確保する。

宮崎アニメ「邦画界のドル箱」、高い評価

 今年、邦画は明るい話題が続いている。現在公開中の「失楽園」(東映、森田芳光監督)が観客動員数で百万人を超える大ヒット作となり、配給収入は最終的に十五億円を超す見込みという。また「うなぎ」(松竹、今村昌平監督)がカンヌ映画祭でグランプリを受賞したことも、邦画の存在を世界に知らしめる契機になった。映画界では、配給収入が十億円を超すと大ヒットといわれる。日本の映画館の数は二千を割り込んでおり減少の一途にある。最近、目立ったヒットを記録した邦画は「学校の径談2」(東宝、九六年)の配収約十五億六千万円や、「Shall weダンス?」(東宝、九六年)の約十五億円などごく少数。アイドルやトレンディー俳優を主演に据えても、結果は記録的な不入りに終わるなど大ヒットを生む環境はむしろ厳しさを増している。

 観客動員力で気を吐いているのはアニメ映画や怪獣ものだ。特に数ある実写映画を抑えて確実にヒットを連発しているのが"宮崎アニメ"で、「邦画界のドル箱」(業界開係者)と評価も高い。邦画最高の配給収入記録を持つ「南極物語」(東宝ほか)は米国でもヒットしたが、その内容は俳優の登場するシーンをカットし、犬中心の物語に変わっていた。再編集された「南極物語」は新しい創造物として見なされ、その著作権は米国の再編集者が持っているのが現状だ。

 スタジオジブリは、ディズニー側に再編集を一切認めない契約を交わしている。もしディズニーの配給で大ヒットすれば、ロイヤルティー収入を確保できる。実際、海外でヒットする邦画の大半は「ドラえもん」に代表されるようにアニメ映画が中心。その手腕は世界から注目を集めておりハリウッドのスタジオは近年、「有能な日本のアニメーターを相次いで引き抜き始めている」(映画業界関係者)という。ディズニーによるジブリ作品の世界配給が成功を収めれば、第二第三の提携が生まれる可能性がある。

ディズニー原作 アニメ化も

 スタジオジブリは八五年に徳間書店が中心となって設立した世界的にも数少ない劇場用長編アニメ専門の制作会社。六月一日に徳間に吸収合併され、現在は徳間の社内カンパニーとして「スタジオジブリカンパニー」の名称が残っている。この結果、ジブリの株主だった宮崎駿監督の著作確管理会社二馬力(小金井市)が徳間の株式の一五%を保有することになった。

 アニメ界では「描いた絵一枚につきいくら」という具合に賃金を設定する出来高制が通例。ジブリは八九年に劇場公開した「魔女の宅急便」の成功を機に、それまで作品のたびにスタッフを集めては解散するというやり方を改め、中核スタッフを社員化するとともに新人の定期採用に踏み切った。社員は現在、およそ百人。外部スタッフを含めたアニメ制作期間中の人件費ば一力月当たりおよそ九千万円。制作期間一年当たり約十億円のコストがかかる計算になる。徳間がディズニーと提携したのは、完成度の高いジブリ作品を維持していくために不可欠なコストを、確実に回収していく必要に迫られたからともいえる。

 今後はディズニーの原作をジブリがアニメ化するケースも考えられるほか、ディズニーのスタジオが導入しているデジタル技術などに関する情報を参考にするなど、提携のメリットを最大限に活用していく考えだ。
(当該記事より)







1997年5月7日 産経新聞夕刊 12面広告

第12面 (2/3面)








1997年5月7日 産経新聞夕刊

『週中講座』(6〜10面のうち第6面)



人間よりも強い、人間の手が及ばない、そういう森を描いてみたいと…。

『風の谷のナウシカ』から13年、『紅の豚』から5年。宮崎駿監督が『もののけ姫』(七月、全国東宝洋画系公開)をひっさげて、銀幕に帰ってくる。製作費20 億円、製作期間3年、配収も日本映画史上最高の60憶円をめざすという超大作は、これまでの宮崎作品とは趣を全く異にした、日本を舞台にした冒険時代活劇。同時に「いかなる時代にも変わらぬ人間の根源」(宮崎監督)を描こうという " 間題作" だ。米国・ディズニーグループと提携し、アジア地域を除く全世界での上映も決定。
今週の『週中講座』は、『もののけ姫』公閣に先駆けて、読者のみなさんを<宮崎駿の世界> にご案内しよう。

(聞き手・盆子原和哉)
−『もののけ姐』の舞台は室町時代だそうですが、監督の作品で日本の時代劇は初めてではないですか。

「目本を舞台にしたファンタジーと思っていただいたほうが正解であって、時代劇とはちょっと違うんじやないかなと思っでいます」

−たとえば主人公のアシタカが着ているのはブータンの衣装だとか?

「正確にいうと、ブータンとはあんまり関係ない。ただ、主人公がどこの人間か、ああだこうだと探しているうちに、東北で坂上田村麻呂殺されたアテルイ(阿弓流為)の未裔が、山の奥のそのまた奥にエミシ一族の王族として純潔を守りながら、生き残っていたという想定に行き着いたんです。

しかし、エミシの風俗は何も残っていない。ただ、確実に日本人で、しかも縄文から血を色濃く引いている弥生人よりも古い人間たち。もちろん畑もやってるし、馬に乗って弓を射る騎射も得意な人たちでしたから、そこでいろいろ考えて、僕自身は以前からブータンとか雲南のあたりと日本の風俗が似てると思ってましたから、ブータンの民俗衣装の "どてら" みたいなものを着たにちがいないと。

それから、東北の神社なんかにあるアテルイの首は、髷(まげ)を結ってますね。で、アシタカの頭をあの髷にしたり…。いろんなことをいじってますけど、これは結構楽しい作業でしたね」

−この作品では、 "森" に深い意味がありますね。

「日本人そのものが、深山幽谷には人間の力を越える何かが住んでいると信じていた時代ですから、そういう世界をそこにつくってしまおうと考えたんです。

ですから日本の生物の分布からいいますと、こんなものはいないというのがいっぱい出てくるんだけど、当時の人間たちは山奥に大蛇がいたり、ヒヒがいたりなどと思っていたわけですから。

もう一つ、私たちは随分、自然をモチーフにして映画を作ってきたけれど、<大事にしなきやいけないんだ>という方向ばっかりで描いてきた。そうじゃなくて、もっと人間よりも強い、人間の手が及ばない、そういう森を描いてみたいという…。

自然はいいものだというふうな自然観だけでは、実は人間と自然が折り合いをつけて生きていくという考え方は本当は生まれないんじゃないかという気がしてるんです。もちろん、自然をコントロールできるという考えも破たんしています。人間は、いまの生活を築くために自然を何とかして征服しようと思ったわけですね。その結果が現在の地球的な危機をもたらしました。それはヒューマニズムの根幹すら脅かしているわけです。

このまま人間が増えていって一体どうなるのか。ゾウー頭と、そこで飢えて泣いている原住民の子供一人とどっちが大事なんだということを、どこかで判断しなきゃいけなくなるような瞬間が刻々と迫っている。いや、あるいは、いつのまにか選択し始めてるのかもしれないというような気すらするんですけど、そういう時期にさしかかってて、ただ目の前にある木を切らなくていいんだというふうなことだけでは済まないだろうというふうな。

自然と人間とのかかわりについて、そう簡単に答えは出っこないですね。人間の存在の本質そのものにかかわることですから。。でも、それをどっかに据えて、正面玄関から入っていくような映画を作らないとだめだと。たぶん爽快な答えは全く出てこないだろうということもわかりつつ、この映画をやるなら、このテーマを避けるわけにいかない。しかし、答えは出てないという確信を持ちながら映画が終わろうとしてるんです(笑い)

人問が山を削り、森の動物を殺し、木を切って鉄を作った。
それをただ、いい悪いということで論じたくなかった。

−『もののけ姫』の時代背景や舞台設定でのご苦労は?

「たとえば桶はいつごろ実用化されたのか。ほとんど曲げ物で済んでいた時代があるわけです。あるいは掘っ立て小屋の構造はどうなってるかとか、みんな忘れてるんですよ。ごく当たり前にあったことが受け継がれていないということが、ものすこくよくわかりました。

だけど、ウソもつきながら、それらしくやっていこうと考えたわけ。たとえば食器からして、木地師が山で削って持ってきたような椀だろう。本当は高台のついてない椀のはずですが、しかし、ないと絵にならないから台を付けようとか、そういうウソは随所につかなければいけなかったですね」

−そこにアニメ作りの楽しさが?

「いや、それはほとんど奥に引っ込んじゃいますから。たとえば『鉄』は絶対『カネ』といったはずなんです。『カネをわかす』という言い方をしてたと思うんだけど、映画を見る人は、鉄といわないとわからない。溶かすという意味ですけどね。で、しょうがない、鉄にするかと」

−『タタラ製鉄』の話ですね。

「中国地方に行くと、斐伊川なんてとてもきれいだけど、谷が平らに埋まっている。人間がタタラ製鉄で地形を変えてしまったところです。実に穏やかな風景で、恐ろしい神様がいるような風景じゃなくなっちゃったんです。
タタラ者が山へ入って製鉄をやると、土を削って川が濁りますから、下流の田んぼは土砂がたまってきて、必ず農民とタタラ者は騒動になる。だから(映画の中の)茶色い濁流は、人問が自然を破壊してタタラ場を作っているから茶色い水が流れてるんだと僕は思ってるけど、観客はそこまで気がつかないですよ。そのたびに主人公が『なぜこの水は茶色いんだ』と言ったってしようがないから、そういうところは全部、映画の後ろ側に引っ込んじゃう。

ただ僕は、人間が山を削り、森の動物を殺し、木を切って鉄を作った。それをただ、いい悪いということで論じたくなかった。そういうことで論じると不毛な答えしか出てこない。僕らが直面している間題は、もう少し違うことだと思うものだから、そうやってやっていくと、悪役が出てこない映画になっちゃった。

これは困ったです。つまり人間のやってることの一番悪い部分を描いてマイナス点をあげつらうのは簡単だけど、じゃ、それを一番好きになれるような人物がやっていたらどうするんだと。悪い奴らが木を切ってるのだったらいいが、とてもいい人が木を切ってるから困る。人間のぶつかっている間題の深刻さはそこにあるんですね」

−そういう発想は、いつ、どんなきっかけで生まれてきたんでしよう。

「これは制作発表のときに言ったんですけど、『足軽』という言葉を聞いて、弱そうだなと思ってしまうのはどうも変だなと。そろいの甲冑を着てるというのは正規兵ですよ。正規兵がそんなに弱いはずがない。それが足軽という書き方だと見えてこない。

そういうものから解放されて、もう少し近代的な目で、たとえば日本の時代劇なんか見たら、どういうふうに見えるんだろうという話は前からやってたんです。だけど日本の歴史は、近代主義だけでは割り切れないものをいっぱい持ってますよね。司馬遼太郎さんがある宗教学者と『日本人と宗教』という対談をやってて、すごく面自かった。二人の結論は、日本人は宗教民族であって、ただ世界的なルールでいうと、それは宗教にならない。教義もない。聖人もいない。ただ大事なところを清らかにしておくというようなね。それを近代以降、抑えちやったところに問題があるんだというふうな話をされていたんです。

塀米庸三さんが亡くなる前に、日本国憲法の一番大きな問題点は、人間の尊厳というときに、その根拠を自分たちは持っていないことだ。つまり民主主義の一番根幹の都分を持っていないことが一番大きな間題なんで、それは実は日本人の持っているアミニズムの万物仏性というところい根拠を置くべきではないかと思うと言われたんですが、とても納得がいくんです。

つまり人もミミズも同じだという考え方です。ヨーロッパ人とは絶対に相いれない考え方ですけど、そういう生き方は、たとえば、ほかの生物のために場所を空けておこうなどということになるわけで、生き物はすべて対等なんだという考え方が基礎にあるわけです。これからひしめき合いながら生きて行かなきゃいけないときに、これは自分たちのつっかえ棒になってくれる考え方じゃないかと思ってるんですけどね」

−黒沢明監督と『七人の侍』について話されたことがあるそうですね。

「僕にとってあの映画は、非常に細かいところ、たとえば野武士の一人ひとりにまで気を配って衣装を作ったりしているところに、とても魅力があったんです。ただ、あの作品は侍像と農民像を、日本の軍閥時代のあるイメージといったもので作り上げたものだと思いますよ。

藤原釜足とか左ト全さんが演じた、惜けなくて、ずるくて、こすっからいけど愛すべきあの農民像は、一面では戦後の、あるいは軍隊で多く目撃してきた農民像だと思うんですけど、日本の歴史の農民像ではないですよ。しかし、恐ろしいリアリティーをもっていたわけですね。

僕はそこからも自由にならなきゃだめだ。だから侍でも農民でもない主人公を作ろう。これは農民でもあり、戦士でもあるけれど、何よりも一人の悩める少年として主人公を作りたかったということなんです。

それは死に至る呪いを受けた、村人は追いはしないけれども、追われるようにして出ていかざるをえなかった、そして、とうとうその村には戻らないだろうという少年、それだけは決まっていたんです。それは、実は一方でこれから生まれてきたり、いま生きている人間、若者たちの共通、共有する運命だろうという思いがどっか自分の中にあったんですね」

−森繁久禰さん、森光子さん、美輪明宏さんなどが声の出演をしていますね。

「スリリングな体験で面自かったです(笑い)。
キャラクターの声を選ぶときに、声優さんたちは商売ですから発声というか、歯切れよくしゃべるとか、そういうことについては非常に上手なんですけど、やはりいろんな役者さんとか、他のジャンルでやってる人たちの中に、非常に存在感を持った人たちがいるんですね。

それは、役者になる人間の "プラスなんとか" という、ほんのわずかな部分、これを手に入れるのは至難の業なんですけど、瞬間の存在感なんですよ。その紙一重の差の存在感を持っているかいないかってことですね。

それがたぶん役者の花だろうと思うんですけど、そうすると、どうしても声優さんの中になかなかいなくて、毎回、探しあぐねることになるんでず。だから主人公たちの声を選ぶときが一番難しい。しかし、森光子さんはすごい人ですね、感動しました。美輪明宏さんも予想通りすこかったけど」

−森光子さんの "すごさ" とは?

「背筋を伸ばして、人前では絶対崩して見せないというのは貫かれてますよ。かっこいいですね。ほんとに感心しました。声としてはほんとにわずかな部分なんですけど、とても大事なことをいう役なんです。実は森繁さんにやっていただいた役もイノシシの王の声ですから」

−森繁さんにイノシシをやらせるというのもすごい。

「それは齢500年の狂王ですから。三輪明宏さんにお願いしたのは山犬ですからね、けものとはいえ神様ですが。でもやっていただいてとてもよかったと思ってます。

自分でも捕まえきれないようなキャラクターがずいぶんいたんです。何でもないタダの人なんだけど、どうしようかという声が出てくるんですよ。その人物をやってくれた人たちがまたよかったですね。

西村雅彦さんにお願いした人物なんか、彼の声に出会わなければ、実につまらない男として終わってしまったはずのキャラクターなんです。一人の登場人物が存在し得たという芝居をしてくれました。

それと、いま若い男優はみな "不良" をは得意だけど、それ以外の役は演じられない。松田洋治さんは若者らしい清潔さがあってよかった。田中裕子さんは、とにかくカッコよかった(笑い)。小林薫さんも若き日の小沢昭一という感じでイメージにぴったりでした。何をいってもウソくさいというか。石田ゆり子さんはもう悪戦苦闘。『ゼッタイ、私、ヤル!』って感じで、『だけど、やれるでしょうか』といいながらね。

だからそういうことでは、声が入ったことによって、あ、このキャラクターはこういう奴だったのかと、私自身がわからされるみたいな経験を今度初めてしました。

−初めて!

「ええ、初めてです。芸の力というこもはたいしたもんだと思います。」
(当該記事より抜粋)






1997年5月2日 読売新聞 夕刊


宮崎アニメ 世界へ

「となりのトトロ」などの宮崎駿が、制作費が20億円を超えるアニメ映画「もののけ姫」の制作に取り組んでいる。自ら監督を努める作品としては「紅の豚」以来、5年ぶりとなる。制作の徳間書店と提携した米国ディズニー社を通じ、世界各国にも配給される、かつてない大作だ。

宮崎は3月の制作発表会で、「世界配給ということよりも、映画そのものが完成するかどどうか、スリリングな状態です。」と語った。それもそのはず、作画枚数が予定の11万を大きく越えて、12万5000に上る。宮崎アニメでは、これまで最多だった「天空の城ラピュタ」の約5割増しだ。

テレビ用に企画してから構想に16年、制作に3年を費やし「今世紀最後どころか、文字通り最後の作品でもいいと思っている。」という、宮崎の渾身の力作となる。

3次元のコンピュータグラフィックスや、「デジタルペイント」というコンピューターによる彩色などの最新技術も、ふんだんに使われている。

物語の舞台は室町時代の日本。森を支配する獣の山犬やイノシシは神として恐れられていた。一方、タタラ者と呼ばれる集団は、木を切り、鉄を打って、人間中心の社会を作ろうとしていた。山犬に育てられた少女サン(声・石田ゆり子)は人間を憎み、獣と共に戦う。そこに、イノシシ神にのろいをかけられた少年アシタカ(声・松田洋治)が加わり、三つどもえの戦いが始まる−。

人間と自然の関係は宮崎作品に一貫するテーマだが、「今回は、なぜ人間が自然に勝とうとしたのかを掘り下げたかった。ただ、自然は大切という上っ面な所ではなく、もっと根っこの部分に踏み込んだつもり」と話す。

これまでの時代劇で描かれたイメージに対する"挑戦"でもあるという。「侍とはこんなもの、農民とはこんなものという先入観が強かった。それを捨てて、自分なりの歴史像を作らなければ。」そのための舞台として選ばれたのが室町時代だ。

「組織戦を行う戦国時代や、ご恩奉公、一生懸命な鎌倉武士の時代とも違う。武士と農民の区別が定かではなく、女性たちもずっと自由だった。知れば知るほど面白い。」

来春の米国公開を始めとする世界公開については、「全く意識していない。作品を見て、ディズニーが考えること」と言い切る。

人間の腕が切り落とされるなど、これまでの心温まる宮崎作品では見られなかった生々しい描写もある。「血を見せようとして作ったわけではない」と断りながら、「生死の問題をオブラートに包まず、はっきりとさせたかった」とも。大人の観客を意識した作品になりそうだ。

声優には森繁久弥、森光子、田中裕子、小林薫ら豪華な面々が顔をそろえている。東宝系で7月公開。
(当該記事より)







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