●「もののけ姫」ニュースクリップ:5
news clip of "The Princess Mononoke"

1997年7月上旬〜下旬
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1997年7月24日 読売新聞


記録破りの大ヒット「もののけ姫」現象

 今月十二日に公開された、宮崎駿監督(56)のアニメ映画「もののけ姫」が大ヒットし、二十三日までに配給収入が邦画としては過去最高の「南極物語」の五十九億円を破り、初の六十億円台に達するのが確実な見通しとなった。

 「もののけ姫」は、「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」などで有名な宮崎監督の五年ぶりの新作。室町時代を舞台に、木を切り、鉄を製錬する人間と、オオカミに育てられた少女と森を守る動物たちの戦いを壮大なスケールで描く二時間十三分の作品。

自然と人間の共存をテーマに、監督が「これが私の最後の作品」との意気込みで、三年がかりで取り組んだ。十四万四千枚の原画のうち、監督自ら約八万枚を描いた。CGなどをふんだんに駆使、アニメでは異例の製作費二十四億円を注いだ大作だ。

 全国の約二百五十館での封切初日、東京・日比谷の映画館には早朝から二千人以上の行列ができ、入場券の販売を一時中止する騒ぎに。平日の昼間でも長い列ができ、配給元の東宝では「親子連れからお年寄りまで、客層が幅広い」と話す。観客動員は初日だけで約二十五万人、公開から一週間で約百十万人を超えた。邦画では最高の記録で、配収二十七億円を記録した宮崎監督の前作「紅の豚」の三倍に上るハイペースだ。

 映画評論家の品田雄吉さんは「ディズニーなどが単純明快になる中で、宮崎監督は妥協せず、難併しい題材に挑戦した。絵が素晴らしく豊かで、力がある。物語はもちろん、絵の力が観客を引き込んでいるのではないか」と話す。二十三日、父親と一緒に見たという都内の小学二年の男子児童は「ちょっと難しかったけど、面白かった」と満足そう。東宝では急ぎ上映館を増やし、秋までのロングラン上映の計画を進めている。(当該記事より)







1997年7月23日 日本経済新聞 夕刊 子どもの素顔


「もののけ姫」で人生学ぶ中学生(高山英男)

 中学二年生のフミちゃんは、日曜日に友だちと誘い合わせて、宮崎駿監督のアニメ映画「もののけ姫」を映画館に見に行った。朝早く行ったのに、もう長い行列ができていて、結局一回目は入場できず、二回目に立ち見でやっと見ることができた。

 主な登場人物は、森を切り開いて鉄を作るタタラ集団の女頭領のエボシ御前、山犬に育てられて森を侵す人聞を憎む少女のもののけ姫、そして神ののろいを清めるための旅の途中、両者の激しい戦いに巻き込まれつつも互いの共生を願う少年アシタカ。美しい少年と少女の愛を横糸に、森の荒ぶる神々と人間たちとの非妥協的な戦いを縦糸に、華麗に織りなされた壮大な映像叙事詩である。

 「よかったね」とやたら感動しているフミちゃんたちに「どの人物がステキだったか」と、インタビュー。「一番かっこいいのは、エボシ御前。なにしろ美人だし、度胸もあるし貫録あるもん」「もののけ姫もキリッとしてステキ。私だって彼女みたいな立場に置かれたら人間を憎むと思う」「そうだね。だけどアシタカが好きなのに人間を憎み続けるなんで、悲劇だよね」「アシタカは、どっちつかずでいまいちだけど、でも私の気持ちに一番ぴったしなのはアシタカかな」

 結局どのキャラクターも魅カ的でかっこよく、「やっばり宮崎さんのアニメは小学生のときより中学生になって見た方が感動するよね」と、待望の大作アニメを超満員の立ち見で息をつめて見た気負いからか、ひたすらご満悦である。「自然にやさしくとか言っても、そう簡単なことじゃないんだね」と、フミちゃんは野生と文明、自然と人間とのかっとうをめぐって、宮崎監督がアニメ映画に託したメッセージをかなり真っ当に受け止めたようである。「映画を見終わったら、ポスターにあった『生きろ!』っていうコピーがぴったりの言葉に感じられたの」(子ども調査研究所所長)(当該記事より)







1997年7月15日 The Japan Times


Miyazaki's magical medieval Japan

By Mark Schilling
Hayao Miyazaki has been called the "Walt Disney of Japan" for the excellence and popularity of his animated films, but in this decade a closer comparison might be to Steven Spielberg. Both are master entertainers who have consistently rung the gong at the domestic box office and, in the process, have acquired unprecedented power in the local industry and control over their own artistic destinies.

But though they could film the phone book if they wanted to, through astute choice of material they have been able to widen their popular aooearl while enhancing thei critical reputations. The main difference between the two is that Spielberg has conquered not only the United States but the world, while Miyazaki remains largely a local hero.

That may change, however. After the films of Miyazaki's Studio Ghibli outgrossed the products of the Disney studio five straight times in Japan, beginning in 1989 with the box-office triumph of "Majo no Takkyubin (The Witch's Delivery Service)"over "The Little Mermaid," Disney decided that if it could not beat its Japanese rival on its home turf, it might as well join it.Last July the studio signed a deal with Studio Ghibli's parent company, Tokuma Shoten, for the right to distribute Studio Ghibli films worldwide, including Miyazaki's latest feature, "Mononoke Hime (The Princess Mononoke)."

"Mononoke's" Disney rival in local teaters will be "Hercules," but this time there will be no contest. Miyazaki's tale of the clash between man and nature in medieval Japan is opening on 253 screens -- the widest release ever for a Japanese animated feature. Distributor Toho is predicting that the film will earn \6 billion in rental revenues -- the highest total ever for a domestic film. Even the strength of "Hercules" is not likely to outdo these figures.

"Mononoke" represents a departure for Miyazaki. None of his earlier Studio Ghibli films were set in the Japan of the pre-modern era. His first Studio Ghibli feature, the 1984 "Kaze no Tani no Nausicaa(Nausicaa of the Valley of the Wind)" unfolded in a postapocalyptic future, while his highest-grossing film, the 1992 "Kurenai no Buta(Porco Rosso)," depicted the fantasy struggle between a World-War-I-aviator-turned-pig and air pirated in the Adriatic Sea of the 1920s.

Also, none of his films have ever cost as much to make. "Mononoke's" budget of \2 billion is twice the usual ceiling for a domestic live-action film and sets a new record for a domestic animated feature. Much of thsi money went for the kind of high-tech effects work that has become a Disney trademark. The outcome is animation with far more fluidity and realism of movement than the typical product of tyhe Japanimation industry. Western critics who complain that most Japanimation is too static and clunky will still be able to say that Disney does it better -- nothing in "Mononoke" equals the spectacle of the stampede in "The Lion King" or the swooping, swirling beauty of the ballon dance in "Beauty and the Beast" -- but Miyazaki's film offers its own brand of animation dazzlement, including fight scenes of an inventiveness and vitality to equal the best of Jackie Chan. (Though ever Jackie could not pull off the disappearing tricks of the title heroine.) Sheer movement, however, has never been what Miyazaki is all about: Strongly romantic stories, vividly realized characters and brilliantly imagines fantasy worlds were and, in "Mononoke," still are.

Once again we have a spunky young heroine -- Princess Mononoke -- who is this time fearlessly fighting to save the forest she loves, as well as the nimals who have nurtured her and the gods who watch over her, from the depredations of the Tatara, a clan of iron workers and weapons makers led by the imperious and beautiful Lady Eboshi.

The above-mentioned save-nature-or-die subtext is a Studio Ghibli favorite, but Miyazaki's treatment of it in "Mononoke" is more ambiguous than that of colleague Isao Takahata in his 1994 ecofable "Pom Poko." The humans that Princess Mononoke battles are not bad people -- even Lady Eboshi, who would be cast as the villian in the Disney remarke, has her good qualities. Yes, their destruction og the envirnment is wrong-headed, but they are also working hard to make better lives for themselves and their families -- much like the Japanese of Miyazaki's generation who created Japan's economic miracle while fouling the air and poisoning the water.

What the film proposes is not a choice between black and white, but the search for a middle ground. The personifiction of this search is Ashitaka, a youth from the northern Emishi tribe, who is on a journey to free himself from a curse placed on him by a dying boar who had been wounded by one of Lady Eboshi's bullets.

On his way, he encounters Princess Mononoke and her 300-year-old wolf, who are engaged in a valiant but losing struggle againnst human encroachment, and the Tatara Clan, whose female leader saves women from the bonds of prostitution and gives them work usually reserved for men, including soldiering and iron working. He finds himself liking members of both sides -- and seeking ways to bring them together.

From this bare bones summary, it may seem as though Miyazaki is trying to impose today's PC values on Japan's middle ages, but with his lushly drawn landscapes and strange and fearsome forest gods, he also re-creates the natural and mythopoetic world of pre-modern Japan with a characteristic sympathy and passion.

Miyazaki has again made not merely a product for mass consumption, but a work of highly individualized animation art. Can his wolves and boars best Spielberg's dinosaurs? The real battle -- of the summer box office -- is about to begin.(当該記事より)







1997年7月14日 大阪朝日新聞 夕刊


「自然と共生訴え壮大な伝奇物語」もののけ姫
力感、躍動感に富む 宮崎監督入魂の作

 壮大にして意欲的な伝奇物語である。着想は卓抜だし、構成は堅固だし、描写は精妙だ。しかもイメージは豊かで、テーマは今日的で生々しい。脚本、監督の宮崎駿、入魂の作に違いない。
 日本史上最大の乱世、室町期の話である。ただし、ここに描かれるのは人間世界の混迷ではない。自然と人間との危急存亡の戦いだ。

 北の果ての隠れ里が、突如、「タタリ神」に襲われるところから物語は始まる。村の長になるべき少年アシタカが村を救うのだが、彼は死ののろいをかけられる。ミコのお告げで、のろいを断つべく独り西へ向かう。

 冒頭から、ただならぬ迫力である。規模が大きく、力感、躍動感に富み、精密な細部には現実感がある。そして少年の旅は空想の世界の大きな飛躍を予感させる。

 アシタカはやがて、西の森にたどり着く。そこには、人語を解する動物たちがいて、生死をつかさどる森の神がいて、精霊たちがいる。アシタカは、山犬に育てられた少女、もののけ姫に出会い、人間の理想境をめざして森を切り開く製鉄集団に迎えられ、彼らと森の神々との死闘に巻き込まれる。
 宮崎アニメについて、くどい紹介は不要だろう。この作品で言わなければならないのは、その重層的な主題についてである。

 アシタカがいう。「森と人が争わずにすむ道はないのか。本当にもう止められないのか」。映画は、人間と自然との共生を訴える。しかし、深いところには、歴史への嘆きがある。人間のあくなき欲求と蛮行は、いつまで繰り返されるのか。さらに、底の方には、切実な呼びかけがある。「それでも共に生きよう」との。

 現実をそっくり幻想物語に託した、これは作家性の濃厚な映画である。(秋山 登)
(当該記事より)記事提供:出口正樹氏







1997年7月13日 スポーツニッポン


宮崎旬監督 のんびりと"第2幕"

 すごい映画だ。ほかの表現はないものかと首をひねったが、この言葉しか思い浮かばなかった。12日、公開された宮崎駿監督(56)の「もののけ姫」。新たな神話の誕生に興奮した場、気になるのは「監督引退」の噂。お遍路にも出るという。宮崎さん、これからどこへいく? (取材:佐藤雅昭)

もうボロボロです
 3年半もの間、「もののけ姫」と格闘してきた。いや、構想から数えれば17 年になる。総セル画枚数14万4000枚。「風の谷もナウシカ」完成後に設立したスタジオジブリで、「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」、そして「紅の豚」に続いて自ら手掛けた5本目の監督作品。これが見納めだとしたら寂しい限り。真相は一体−。

 「監督業はやっているけど、僕の仕事の4分の3はアニメーターなんです。監督の仕事は4分の1。絵を描かなくていい人は、その4分の1だけやっていればいいわけですから、これはいくらでもできますよ。でも、僕はそういう形では出来ない。もうボロボロです。それで、一回フリーになった方がいいと思ったわけです」。このままのペースで仕事を続ければ、「5年で死んでしまう」という実感も持っている。"ボロボロ"という言葉が、アニメーションに心血を注ぎ込んできた人生を物語る。そこで、導き出した一つの答えがジブリを離れることだった。

 「引退とか言いますと、山の中に入るみたいなんですけど、要するに、ここ(ジブリ)で偉そうな顔をしているのをやめるというだけです。もっと引っ込んだ形でやりたいですね」。水からを"現場の親方"と表現する宮崎監督は「職業人になればいいんだから、場所はどこでもいいんです」とさりげない。これまでもずっとそうしてきた。今後は、ジブリのそばに新しいアトリエを構え。そこでのんびりやっていき。「ジブリとも契約の中で、原作や脚本。アイデアを提供していくことはあり」と含みを持たせたが、とりあえず、ジブリでの監督の仕事は終わりにする。この決断は変えないだろうが、「引退」はない。それだけで、宮崎ファンには十分だろう。

"のろい"も笑いに
 制作費に23億5000万円も投じた。「うなぎ」なら14本。「失楽園」なら7本も作れる巨費だ。もちろん、宮崎ブランドという言葉までつくった実績ゆえの投資額だが「普段ならやるまいということ、面倒くさくて手間がかかることをみんなやってしまおうという感じだった」と制作過程を振り返る。

 しかし、それでも回収できるかは、やっぱり気になる。ゲンもかつぐ。キャンペーンで訪れた街では、よくパチンコにかけてみる。

 その札幌編。「時間が40分ほどあいて、プロデューサー(鈴木敏夫氏)と、人気のない店に飛び込んだんです。これで大当たり(フィーバー)が出れば何とかなる。僕は、カスリもしない。プロデューサーは出しましたねえ。でも、僕たちは、お金をいくら得したかは関係ないんです。"1回出した"という、その事実を確認するだけでいい。時間が来た帰ろうとすると、隣のおなさんが、"まだ始まったばかりじゃない。今からもっと出るよ"って、起こられたこともあった」と笑う。

 そのキャンペーン中に右足を捻挫してしまった。「コケたんですか?」と、絶対に避けるべき表現で聞いてしまった。「しかった」と思ったが後の祭。でも、宮崎監督は気にする様子もなく、あの人なつこい笑顔を返した。 「散歩してよそ見しているうちに、コケちゃったんです。ポキポキって、じん帯が切れたようないい音がしました。" これで、(もののけの)のろいが抜けたと思ったんですが"いや、これがたたりの始まりである" というヤツがいて…」

縁起でもないことを、こうして笑いにしてしまうところが、作品に対する自信の裏返しだ。公開後もキャンペーンを展開するが、落ち着いたら四国に88カ所のお遍路の旅に出るという。「足腰を鍛えてから行くというもんじゃないでしょうが、それまでには捻挫を治したい」と苦笑した。(当該記事より抜粋)







1997年7月13日 報知新聞


55万人が見た 映画史に残る1日

夢の160億円対決の幕が開いた。この夏最大の話題映画「ロスト・ワールド」( スティーブン・スピルバーグ監督)と「もののけ姫」(宮崎駿監督)が12日、同時に封切られた。ともに早朝から長蛇の列が出来、「ロスト・ワールド」が日本新記録となる1日の観客動員30万人を突破すれば、「もののけ姫」も1日で25万人を動員した。2本とも1日で興業収入(入場券売り上げ)3億円を軽く突破。7/12は完全に映画の日となった。

 朝から降り続く雨も関係なかった。午前6時、「ロスト・ワールド」「もののけ姫」の東京でのメーン館のある有楽町マリオンには建物を一周半する2300人の観客の列(約300メートル)が出来た。

特に宮崎駿監督、声の主演の石田ゆり子、松田洋冶の舞台あいさつが行われた日劇東宝では「もののけ姫」目当ての徹夜組が約600人。前日の正午から並んだ都内(大田区)の高校年6人組は「だれよりも早く見たかったから」とニッコリ。配給の当方では午前6時半に開場したが8時の時点で2回目、3回目分の入場券も完売。劇場前のフロアにはチケットを求める約1000人の行列が出来た。

地方も強く、全国260の上映館では劇場新記録が続出。1目で動員25万人を達成した。この数字、宮崎監督の前作「紅の豚」(92年、配収28億円)の約4倍。配給の東宝宣伝部は「『南極物語』(83年)の持つ邦画の配給収入(入場券売り上げから手数料を引いたもの)の記録59億5000万円の突破も確実です」という。

「ロスト・ワールド」もすごい。先行上映で、すでに30万人を動員していため徹夜組こそ出なかったがメーン館の日本劇場には始発電車とともに観客が殺到。午前8時からの第1回上映で立ち見を含め1000人を超えるロケットスタート。小田川淳朗劇場支配人が、「こんなの初めて。映画ファンが銀座の街まで変えてしまった気がする」という大量動員だ。

 全国289館で一斉公開された初日だけで、動員30万人突破の達成が濃厚となり、昨年12月8日に「インデペンデンス・デイ」が作った初日の観客動員記録も更新しそうだ。配給のUIP・武者滋会長の口から『E・T』が15年間、守ってきた配給収入96億円を抜くときが、ついに来た。(配収日本記録の)100億円突破が見えました」と"勝利宣富"も飛び出した。

全国549館で上映された2本の映画に55万人の観客が殺到しだ12日。この日は日本映画史に残る一日となった。

引退の決意変わらず
宮崎駿監督「もののけ姫」大ヒットにも、この1作で引退宣言した宮崎駿監督(56) の決意に変わりはなかった。「みなさん、引退興行と思ってきてくれたのでは」と取材陣を笑わせた後、「しばらくは、ひたすら歩いて、なまった足を復活させますよ。そうそう、旅行もしたいし」と続けた。今後は自らのプロダクション・スタジオジブリから退き、50歳以上が入会資格のシニア・ジブリ(仮称)を設立。「ボランティアとして、ジブリの仕事を手伝いたい」と一言。

「子供のころ、母に言われたように、役に立たないのにアチコチに顔だけ出す" 馬グソきのこ"みたいな人間にはなりたくないんです。自分これ以上、ジブリにいると迷惑だなあと思うんです」と、アニメの巨匠ミヤザキは重ねて引退の意思を語った。(当該記事より)







1997年7月11日 朝日新聞 夕刊広告
(左)


1997年7月7日〜10日 朝日新聞 夕刊広告

(下)







1997年7月10日 朝日新聞 夕刊


幻想物語に託す歴史への嘆き

 壮大にして意欲的な伝奇物語である。着想は卓抜だし、構成は堅固だし、描写は精妙だ。しかもイメージは豊かで、テーマは今日的で生々しい。脚本、監督の宮崎駿、入魂の作に違いない。日本史上最大の乱世、室町期の話である。ただし、ここに描かれるのは人間世界の混迷ではない。自然と人間との危急存亡の闘いだ。

 北の果ての隠れ里が、突如、「タタリ神」に襲われるところから物語は始まる。村の長になるべき少年アシタカが村を救うのだが、彼は、死ののろいをかけられる。ミコのお告げで、のろいを断つベく独り西へ向かう。

 冒頭から、ただならぬ迫力である。規模が大きく、力感、躍動感に富み、精密な細部には現実感がある。そして少年の旅は空想の世界の大きな飛躍を予感させる。アシタカはやがて、西の森にたどりつく。そこには、人語を解する動物たちがいて、生死をつかさどる森の神がいて、精霊たちがいる。アシタカは、山犬に育てられた少女、もののけ姫に出会い、人間の理想郷をめざして森を切りひらく製鉄集団に迎えられ、彼らと森の神々との死闘に巻き込まれる。

 宮崎アニメについて、くどい紹介は不要だろう。この作品で一言わなければならないのは、その重層的な主題についてである。アシタカがいう。「森と人が争わずにすむ道はないのか。本当にもう止められないのか」。映画は、人間と自然との共生を訴える。しかし、深いところには、歴史への嘆きがある。人間のあくなき欲求と蛮行は、いつまで繰り返されるのか。さらに、底の方には、切実な呼びかけがある。「それでも共に生きよう」との。現実をそっくり幻想物語に託した、これは作家性の濃厚な映画である。(秋山登)(当該記事より)







1997年7月5日 中日新聞夕刊 1面

宮崎駿監督作品「もののけ姫 〜「手作りアニメの到達点」〜

 世界的アニメ監督と言えばいいのか、日本を代表する映画作家と言ったほうがいいのか。宮崎駿(はやお)監督(56)=写真=の最新作「もののけ姫」が12日に公開される。監督自身「これが監督最後」と明言する。宮崎監督が追い求めてきた自然と人間のかかわりを考える作品の一つの到達点である。(放送芸能部・田端 成治)

自然と人間追い求めて「最後の作品」

 宮崎アニメは、1984年劇場公開の「風の谷のナウシカ」で一挙にファンを増やした。この年の「キネマ旬報」ベスト7位。読者選出では1位だった。 以来、「天空の城ラピュタ」(86年)8位、「となりのトトロ」(88年)1位、「魔女の宅急便」(89年)5位、「紅の豚」(92年)4位。 宮崎駿脚本・監督作品(「魔女の宅急便」以外は原作も)は日本の映画界をリードしてきた、と言ってもいい。質だけでなく、興行面でも「紅の豚」は配収27億円を超え、この年の洋画、邦画を合わせての最高を記録している。 「紅の豚」以来、宮崎監督作品が待ち望まれていたが、3年がかり制作費も23億円余、セル画13万5千枚というかつてないスケールで完成したのが今回の「もののけ姫」である。

 エミシ一族でタタリ神に襲われた青年アシタカは腕に死ののろいをかけられる。これを解くためアシタカは西に旅をする。そこで鉄を生み出すタタラ場に迎えられ、女頭領エボシ御前に出会う。さらにアシタカは森で犬神モロに育てられた少女サンを見かける。彼女こそ「もののけ姫」。

 屋久島でのロケハンを背景にした自然描写は圧倒的である。次々に出てくる動物、怪物も魅力的だったり、怖かったりする。ストーリーはそんなに甘くない。“環境と破壊”という二者対立でなく、三者、四者入り乱れた格好になっている。

 宮崎監督は「自然と人間のかかわりを突き詰めて考えていくと、こういう形にしかならなかった。ついにやってしまった、やらざるをえなかった、ということです。だから、プロデューサーには「カタルシス(つまりは、スカッとした感じ)」はないよ。キャラクター商品も作れないよ、といってました」という。

 制作途中に決まったディズニーによる世界配給も気にはしなかった。「子供たちがどう感じてくれるかにかけたい。君たちがぶつかっているのは、こんなことなのだ」という。 アニメ映画研究の第一人者、映画評論家の森卓也さんはこういう。 「技術的には、動物の動き、画面の深みなど日本の手作りアニメが到達した最高点だと思う。内容としても宮崎アニメの一つの到達点であろう」

 宮崎監督は、自らが実質的に主宰するスタジオジブリを含む徳間書店グループの組織改変もあり、表舞台から姿を消す。監督も「ようするに、(組織の)重しを代えたほうがいい。それに何万枚ものセル画をチェックするのは、もう体力的にできない。それができないと監督ではない」という。

 しかし、自分の個人のプロ「二馬力」はスタジオジブリ近くにスタジオを建てる予定。そこで何をするか、は決めていない。 (当該記事より)・記事提供:鳥居大祐氏







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