1997年11月24日 朝日新聞 朝刊 青鉛筆
配給収入の国内記録を更新中の人気アニメーション映画「もののけ姫」の字幕版が近く完成、耳の不自由な人のために、来年一月下旬まで札幌、東京、川崎、名古屋、福岡の五都市で上映される。
▽ふつうの映画なら口の動きで言葉を読み取ることもできるが、アニメでは難しい。市民グループが劇場で手作りの字幕を映し出すなどの動きがあり、配給元の東宝が要望にこたえた。
「今後は字幕つきの作品づくりを検討したい」と東宝。すでに一千二百万人が味わったという感動が、さらに多くの人たちにも伝われば、記録更新に弾みがつきそうだ。(記事・木脇みのり)
1997年11月23日 朝日新聞(名古屋本社発行12版 第2社会面)
「もののけ姫」字幕 来月から
封切りからわずか3ヶ月ハンデ1200万人の観客を動員し、配給収入の国内記録を塗り替えた映画「もののけ姫」の字幕版がお目見えする。耳の不自由なファンの要望を愛け、配給元の東宝がつくる。十二月中旬から来年一月下旬までの間に、東京、川崎、名古屋、福岡、札幌の五互都市で劇場上映する。
耳の不自由な人は、話している人の口の動きで言葉を読みとることもできるが、アニメの「もののけ姫」人物の口の動きがはっきりしないうえ、動物もセリフをしゃべる。字幕以外に理解できる方法がない。名古屋市の市民グループ「まごのて」がこの夏、劇場側の協力で、ボランティア手づくりの字幕を画面の横に映し出し、待ち望んでいたファンを喜ばせた。東京から駆けつけた人もいたが、この方法では広めるには限りがある。各地から字幕版を作ってほしいとの声が東宝に相次いで奇せられたという。
字幕版づくりは洋画についている日本語字幕と要領は同じ。「これからは時代の要請でもあり、字幕つき作品づくりを検討したい」と同社宣伝部は話している。(記事・木脇みのり)
1997年11月23日 信濃毎日新聞 本の森
「もののけ姫」を読むヒント
映画「もののけ姫」の大ヒットが続いている。先月三十日には、歴代1位の「E・T・」を抜き、ついに映画配給収入の新記録を樹立するに至った。宮崎監督の作品評を多く手がけてきた関係で、「なぜこれほどの観客動員に成功したのか」「どこが時代とシンクロしたのか」と聞かれる機会が多い。
私は「もののけ姫」が観客を圧倒した中味の一つは、主入公の少年が示した行動力だと考えている。バブル崩壊以降、閉塞(へいそく)観が支配的な現代日本にあって、自省的思索にふけったり、苦悩の泥沼でもがく没行動的主人公の物語は数多く生まれた。そこに突然、解決不能の絶望的矛盾を背負いながらも、共存の策を求めて前向きに疾走する人物が現れた。主人公アシタカは、生命(いのち)がけで最善を尽くすが、ついに何も解決でさない。結果ではなく、過程が人の心を動かし、些(さ)細な希望を託せる変化は起さる。しかし、世界は浄化されず、矛盾もそのまま。物語後の展望は決して朋るくはないが、「それでも生きよう」と結ばれる。スッキリはしないが、じわりと染み入る複雑でリアルな感動がある。ここには、二十一世紀の生き様のヒントがあるのかも知れない。
新聞を広げれば、株価大暴落、一流企業経営陣の逮捕、連続通り魔、少年の逮捕、裁判など、およそ明るい記事はない。唯一元気な記事は考古学・歴史学・民俗学上の新発見くらいのもの。「もののけ姫」の放つパワーは、この元気な学術的ビジョンにも遠因がある。この種の研究成果は、日常と無緑な希望に思われがちだが、実は現代を照らす意味でも、未来を模索する意味でも大きな意味を持つものが多い。
たとえば、網野善彦民が明らかにしたような、中世日本の民衆の捉え方である。網野氏の著作は専門書から入門書まで数多いが、初めての方には「日本の歴史をよみなおす(筑摩書房)をお勧めする。
網野氏は、従来の権力者と農民主体の中世史観を覆し、絵巻や文書に基づく斬(ざん)新な民衆像を浮かび上がらせた。女性の社会的地位が高く、芸能民、職能民が特権を与えられ保護されていたこと、海外貿易や市を司る僧侶集団がいたこと、神仏、天皇直属の特殊職の民がいたことなど。その世界は驚くほど多彩で複雑だ。「もののけ姫」に登場する勇ましい女性職能民や怪しい僧侶は、史実を宮崎監督流に解釈したものだろう。
一方「もののけ姫」には「タタラ」と呼ばれる製鉄プラントが登場する。これも、徹底して樹を伐ることで成立していた「タタラ製鉄」の更実に根ざしたもの。一九六九年、出雲・菅谷地区に於いて、一子相伝の秘伝と言われた夕タラの技術を解明するため、「最後のタタラ師」を集めて、製鉄の復元作業が行われた。翌年制作された岩波映画「和鋼風土記」はこれを記録した作品だが、五年後に山内登貴夫監督自ら舞台裏を克明に記した本が出版されている。それが「和鋼風土記/出雲のたたら師」(角川選書)である。宮崎監督はこの本を熟読し、作品世界の構築に役立てたというが、残念ながら絶版となっている。
ところで、一部評論家や文化人に「もののけ姫」を「期待はずれ」とする不満評がある。奇妙なことに、いずれも大衆的絶賛の根拠に対する分析がなく、感性的反発や知識的アレルギ一を吐露したものが多い。これは、生きている社会に対する実感の連い、つまり<感覚の温度差>を示した現象かも知れない。作品の密度と時代牲が、評者をふるいにかけてしまったと考える。(叶 精二:かのう・せいじ=フリーライター)(当該記事より)
1997年11月21日 朝日新聞 夕刊広告
動員1250万人突破(11/20現在)配収日本新記録(更新中)を樹立して、もののけの森は、秋真っ盛り!
−この3連休にぜひ、お出かけ下さい。−
1997年11月21日 The Japan Times テレビ欄
(NHK「トップランナー」(11:45PM〜12:30AM)に米良美一さんが出演)
今週のゲストは、世界的な男性カウンターテナーである米良美一氏である。彼は、大ヒットしたアニメーション映画「もののけ姫」のテーマソングを歌った。そして、日本の古い歌を歌った新しいアルバムを出す予定である。(当該記事より)
1997年11月18日 日刊スポーツ
「もののけ姫」が配収100億円突破
米映画「E・T・」を抜いて日本映画最大のヒットを続けている宮崎駿監督の「もののけ姫」の配給収入が17日までに、100億円を突破した。配給元の東宝によると、公開が始まった7月12日から今月16日までの劇場入場者は1216万人を超えた。現在も全国164館で上映中。主要都市では来年初めまでの上映が予定されている。(当該記事より)
1997年11月7日 MAINICHI DAILY NEWS
(1997年10月24日付 毎日新聞の記事「記者の目」の英訳版です。)
1997年11月6日 産経新聞 朝刊漫画
1997年11月5日 京都新聞 朝刊 23面市民版
「もののけ姫」に字幕 聴覚障害者も一緒に楽しんで 京の市民グループ 22 日から上映会
大ヒット中のアニメ映画「もののけ姫」を聴覚障害者にも楽しんでもらおうと、京都の市民グループが今月二十二日から二十四日までの三日間、中京区三条通河原町東入ルの東宝公楽で、字幕付き上映会を行う。ロードショーの上映期間中、同時に字幕付き上映会を行うのは、京都では初めての試みで、主催者は「一人でも多くの聴覚障害者に見に来てほしい」と呼びかけている。
「もののけ姫」は宮崎駿監督が自然と人間のかかわりを壮大なスケールで描いた話題作。字幕付き上映は、右京区の主婦深田美知子さん(48)が、聴字幕覚障害のある高校2年の長女の訴えから発案した。 市内の聴障者映画サークル「ヒヤリング・エイド」、字幕挿入サークル「コスモス」などのメンバーで、十月初めに上映実行委員会を結成。八月に字幕付き上映を実施した名古屋市内のボランティアらが製作した字幕ビデオを借り受け、東宝公楽の協力を得て上映にこぎつけた。
上映会は、二十二−二十四日の午前八時半から(入場は八時二十分まで)。通常の画面の左右に字幕の文字だけが入ったビデオを同時に映す方式で行う。料金は、聴覚障害者(高校生以上)と同伴者一人は各千円、小・中学生八百円、それ以外の大人は千五百円。問い合わせは深田さん(464)0565またはファクス(464)5119へ。(当該記事より)・記事提供:西 寛人氏
※注:京都市の市外局番は「075」
(東宝公楽 京都で最初にもののけ姫を封切った映画館 三条河原町東入る/座席数:509/TEL.075-231-0107)
1997年11月4日 大阪朝日新聞
新記録連発 もののけ姫 「配給収入と作品評価は別」
配給収入が96億5000万円を超え、国内記録を更新したアニメ映画「もののけ姫」。観客動員数1170万人も同様で、すでに国民の1割が見た計算になる。来年は米国での公開も検討されており、追い風はやまない。ただ、宮崎駿監督は「配給収入と作品の評価は別」とあくまで冷静。一人歩ききする作品に、意識的とも見えるほど距離をとっている。
記録更新で記者会見した宮崎駿監督=写真=は「何が動員につながったのか」の質問に、「何も整理がついていない。自分の頭の変なところを開けてしまったような気がして、とても考えがまとまらない。これまでもありましたが、今回は特にその期間が長いんです」と、明確な答えを出さなかった。
公開前は「子供には難解すぎる」という評価が多かった。宮崎監督が所属するスタジオジブリにも「わからないからもう一回見に行く」という手紙が何通も来た。
そうした難解さについて宮崎監督は、「作品はメッセージやテーマのためにあるのではない。一言や二言で語れるのなら映画をつくる必要はない。子供が何を受け取ってくれたかは、もっと後になってはっきりするのではないか」と話す。だから、興行的に成功したことについてもそれは社会現象であって、作品が本当に支持されたとは言えない」と冷静に構える。
映画ジャーナリストの大高宏雄さんは「五十億円ともいわれる宣伝費は邦画では確かに巨額だ。ただし洋画の話題作ではもっと高額なことも珍しくない。これだけの動員は宣伝費を超えた何かがあったということ」と分析する。
その「何か」について映画評論家の白井佳夫さんは「宮崎監督はかけに勝ったのだ」という。「結論は出していないけれど、現代の混乱の答えをぎりぎりまで映像にした。答えはあるはずだという強烈な映像。それが受けた。日本人の意識も変わり始めた、そう考えないと説明できない」(当該記事より)記事提供:出口正樹氏
1997年11月2日 信濃毎日新聞 斜面
冒頭、どこまでも続く森の光景に、心を奪われる。沈む緑、輝く緑。もくもくと、荒々しいエネルギーに満ちた緑である。東山魁夷画伯が描く清澄な緑とは違う。宮崎駿監督のアニメ「もののけ姫」の物語は、この深い森で展開する。
夏休み興行に始まった人気はいぜん衰えを見せない。公開して六週間で、日本映画の配収記録だった「南極物語」を上回り、二日前には、洋画も含めた歴代一位「E・T・」も抜いた。上映は来年の三月まで続く。春からは米国でも、公開の予定になっている。元気のない邦画界で、まさに快挙と言っていい。
なぜこれほどヒットしたのか。理由の一つは、画面から伝わるのっぴきならない切実さにあると思う。簡単には共存できない人間と目然の在りようについて、「君はどう考える」と間いかけてくる。答えを出しあぐねている問題を、宮崎監督は見る人と同じ位置から提示する。予定調和型のハリウッド映画にない奥深さがある。
もう一つは全体を貫く肯定的なメッセージだ。無論、手放しの人間賛歌ではない。画面には暴力と破壊があふれ、ハッピーエンドもない。人間の愚かさ、罪深さを見据えつつ、「にもかかわらず、生きるに値する」と訴えてくる。悩み多き日々を送っている中高生が夢中になる気持ちも、分かるような気がする。
北野武監督「HANA−BI」がベネチア映画祭でグランプリを取り、日本映画界は明るい話題が続く。だが興行面は今一つ。もののけ姫」は例外中の例外だ。映画は観客が育てる。いい映画を見たいなら、皆でせっせと足を運ぶのが結局は早道だ。(当該記事より)・記事提供:星切正人氏
1997年11月1日 日本経済新聞
映画「もののけ姫」が配収新記録 メッセージ「生きろ」に若者反応 虚構の時代に道筋示す
宮崎駿監督の映画「もののけ姫」が、観客動員数と配給収入の最高記録(国内)を塗り替えた。三ヶ月半で千二百万人が映画館に足を運んだことになる。社会現象にまでなった「もののけ姫」ブームを支えたのは、十代から二十代にかけての若者。「生きろ」という映画のメッセージに何を感じたのか。
特別の慶力持つ
「初めて生きたいと思いました」。静岡に住む高校一年生のAさんは「もののけ姫」を見た感想を語る。映画館に行ったのは、級友二人の陰湿ないじめに苦しみ、いつ死のうかと毎日自殺を考えていたころだった。(生きてりゃ何とかなるさ」という言葉に涙が出た。なぜかその後は「強くなれた。もう死のうとは思わない」と話す。
長野県に住む高校二年生のBさんは「ずっと、私はだれかに生きろと言ってもらいたかったのです」と打ち明ける。特に家庭や学校で差し迫った間題があるわけではないが、普段から自分が生きる意味を見いだせないと悩み、「理由のわからない不安や孤独感で、生きることはつらいものでしかない」と感じてきた。映画は九回見た。「少しだけ前向きになれた」とうれしそうだ。
約二十五億円を投じた宣伝やカリスマ的人気を持つ宮崎監督の「最後の作品」といった前評判は動員の面で効果が大きかった。「だが、それだけでは千二百万人は来ない」と製作総指揮の徳間康快氏は話す。特別の魔力を持った映画と見た方が良さそうだ。
若者向けサブカルチャーを扱う月刊誌「コミックボックス」は、十一月末に発行する「もののけ姫」の別冊特集号に掲載するため、観客の感想文を募集した。締め切りまでに四百通以上の手紙が寄せられた。小学校高学年から主婦まで年齢層は幅広い。深刻な内容ばかりではないが、若者の間で「生きろ」という言葉に切実に反応する傾向があったという。多くの評論家は映画を文明と自然の共存というテーマや善悪は表裏一体であるという宮崎監督の世界観で評価した。ところが全く異なる共感の仕方が存在していた。「予想していなかった。正直、驚いた」と編集者の三好寛氏は話す。
背景に自己否定
同誌に寄せられた二十代と思われる女性の手紙は「初めて、いやされた自分を感じました」と告白する。彼女には、人間に捨てられ、山犬に育てられたもののけ姫サンが「愛されることも大切にされることも知らず、苦しむたくさんの現代人たちの代表に見えた」という。自分もその一人と感じている。サンに向かって、少年アシタカが「そのままでいい。共に生きよう」と放つ言葉に感勤し、「この一言が欲しくて、さ迷っている人々はどれだけいるのか」と問いかける。
宗教といやしの間題を研究する宗教学者の弓山達也氏(国学院大学講師)は、セラピーとしての「もののけ姫」の役割を指摘する。その背景にあるのは、若者の自己に対する否定的なイメージのまん延だという。青少年が自分を嫌いになったり、生き方に悩んだりするのは、どの時代でも同じだが、理宙がないのに悩むのが現代の特徴と言う。学業成績を上げたい、恋人が欲しいといった具体的な願望との葛藤(かっとう)ではなく、ただ漠然と悩む。目指す理想像がわからないから、「ありのままの自分を認めたいという、自己との和解そのものが目標になる」。「生きろ」は抽象的な言葉だったからこそ、若い世代のあいまいな悩みに対して勇気づけになったと見る。
だが、そうした反響に対し、精神科医の香山リカ氏は独り善がりな感動に過ぎないと厳しい。「作品本来の意図と関係ない文脈で抜き出して、勝手に思い入れている」。コミュニケーションの問題としては深刻ではないかという。
世紀末日本映す
逆に「もののけ姫」に希望を見いだす論者もいる。オウム事件などについて評論してきた社会学者の大沢真幸京都大学助教授によると、九○年代の日本は理想や夢をシニカルに語ることすらできない「虚構の時代」に突入している。「生は無意味にだらだら続くものでしかなく、普通の生を否定する破壊的な行為だけが、自分を肯定するものになってしまった」オウム事件も、神戸の少年の犯罪もこうした時代の空気と無関係ではないと見る。宮崎監督はそれに対して、第三の道を示したと評価する。「普通の生」を無意味に生きるのでも、破壊するのでもなく、前向きに引き受ける−道だ。
映画は矛盾したままの存在である人間を受け入れ、「生きろ」という一言で肯定した。あまりに素朴なメッセージと言うべきだろう。それを大人が発するのを怠っていたのか、あるいは映画の言葉にすがるしかないほど若者は追い詰められていたのか。
宮崎監督自身に聞くと、「子供たちの書いてくる手紙をうのみにするほど僕は甘くない」と突き放した答えが返ってきた。「僕はもっと冷酷に自分の作品を見ている。千二百万人が見たというのは、映画の力というより、社会現象であって、その本当の奥にあるものを時間をかけて見極めたい」と語っている。(文化部 白木 緑)(当該記事より)